天皇

 

原武史読んでた。何冊か。久々。

このヒトの天皇関連の話がイイのは、天皇とか皇后とかその他諸々の皇族、個々の「個性」を見ようとしてるってコトだ。いや当たり前だろ、って感じだけど、でも意外とこれが難しい。別に俺みたいな素人に限らず、研究者とかモノ書きでも天皇を「システム」として見る、みたいなやり方はすげぇ多い。

 

大学のとき、授業で折口信夫の「天皇霊」ってネタ聞いてめっちゃ面白かった。要するに代々の天皇は即位すると儀式で「天皇霊」ってモノを取り込む、その天皇霊ってのは大昔から不変の唯一の何かなんだ、みたいな話で、つまり個々の天皇ってのはその憑代でしかなくて、つまり要するに、生身、各天皇の個別のパーソナリティーなんてもんは有って無きがごとし、的な。あと三島由紀夫伊勢神宮遷宮――神社の本体20年ごとにぶっ壊して作り直すってやつ――の話も。要するに建物、モノ自体、「ガワ」に意味はなくてどうでもいいってのが天皇制の、日本の昔っからの価値観なんだ的な話で、まぁつまりだから個々の天皇って「ガワ」の話をあれこれしてもしょうがない、大事なのはそこを貫く、歴史を超えた「システム」を見抜いて論じることなんだ、的な。20歳ぐらいでこういう本読んだりするとコロッとなびく。ヒトじゃなくて仕組みについて考えるのがカッコいいんだ! 的な。要は厨二病網野善彦とかもそういう需要だよな。高校のとき司馬遼太郎の「こいつは有能でこいつは無能」とかって文体、人物評読んでほくほくしてた俺みたいなのは特に「天皇霊」って概念にすげぇハマる。信長が日本史上で3本ぐらいの指に入る為政者、とかって点数付けしてる司馬、を読んでたアホな自分への反動で「システム至上主義」になる。

 

で、原武史はその解毒剤になる。「天皇霊」にハマってるヤツらへの。いや普通に、個別の天皇や皇族がそいつらなりに天皇制ってモノをどう解釈してどう運営したかってのをちゃんと見ようぜと。ヒロヒトとアキヒトじゃ明らかに沖縄への態度違うからな、とか。天皇制の本質は~とか大雑把なこと言ってんじゃねぇよと。まぁ落ち着けよと。だから原武史の良さってのは、多分一回「天皇霊」云々でこじらせたヤツらの方が強く感じる。ありがたや。

 

これも良かったな。自分の小学生のときの日記とか引用してて、で、それ読むともうガキの頃からアタマいいな、みたいな。おぉ自我がある、みたいな。俺が12歳の頃ってもっとこう、猿とかに近いあれだった気がするけど。