敵を誉める

 

ボルヘスのエッセイ集読んでる。2、3回はこれ読んでると思ったけど全然憶えてねぇな。ほんと最近なんにも憶えてねぇな。

 

「歴史の謙虚さ」ってエッセイがイイ感じだった。要はノルウェーの大昔の王様とかをダシにして、「敵を褒める」ってのがちんけなナショナリズムを超えるカギだ! 的な話で、あー、みたいな。

 

わたしは敵に対する顕彰の言葉をもうひとつ思い出す。それはロレンス『知恵の七柱』の終わりに近い一章にある。著者はあるドイツ軍部隊の勇敢を賞し、「この大戦で同胞を殺戮した者どもを、そのとき初めて誇らしく思った」と書いたあと、こうつけ加える――「彼らは素晴らしかった(They were glorious)」。

 

要は高校野球で相手チームのファインプレーに拍手するヤツ、みたいな。――青森にはねぶた祭りってのがあって、そこで一等賞のねぶたに、昔は「坂上田村麻呂賞」ってのを贈ってて、でも「坂上田村麻呂って中央からの征服者じゃねぇか、東北の敵だろ」的な話になって賞の名前変えられた、らしいんだけど、ボルヘス的な発想ならむしろ残しとくべきだったな、みたいな。「敵」のgloriousを称えるために。敗者の度量っつーか、いや、被害者側の、なんだろうな、「文学的感性」とか「センスオブワンダ―」とか、まぁ言い回しはなんでもいいけど、ともかくその手の、別に誰でも持ってるその「場違い」な感想ってもんをどこまで正論から守ってられるか、塗り潰さずに残しとけるか、みたいな。